日本の食文化と中国文明
日本は中国からたくさんのことがらを取り入れ、それを国内に活用してきました。
その中で以外と見落としがちなのが食文化です。
今でこそ日本の食生活は欧米化が進んでいるといわれていますが、やはり中国から取り入れた事柄がたくさんあります。
例えば、箸を使うこと、米や麺を食べること、茶を飲むことなどはすべて中国から取り入れたものです。
古事記や日本書紀の神話を読むと分かりますが、八岐大蛇を退治しにいった須佐之男命は川上から箸が流れてくるのを見て、上流に人が住んでいることが分かりました。(もっとも、当時の箸というのは、現在のように2本に分かれておらず、竹などをピンセット状にしたものでした)
ちなみにフランスでは、16世紀半ばにメディチ家のカトリーヌがアンリ4世の王妃としてイタリアから嫁ぎ、料理法を教えるまでには、宮廷でもフォークやスプーンも知らずに手づかみで食べていました。その名残がフィンガーボールです。
このように日本と中国の関わりはたいへん深いものなのですが、実際のところ、日本人は中国との関わりというものをあまり意識していません。
これは古代日本のときからそうであったといえないこともないのです。
といいますのは、日本人で中国に行ったことのある人間は本当に数限られていましたし、中国から来た人たちと交流をもてたのも、上流階級か僧侶に限られていました。
それ以外の貴族や役人というのは、漢籍という書物を通してしか中国像をとらえることができなかったのです。
紫式部が源氏物語の「末摘花」の章で、末摘花が醜い容貌をしていたということを表すために、「唐にいる象」を引き合いに出しています。
もちろん、当時は写真もなにもないわけですから、象がどのような外見なのか見て知ることはできないわけですが、書物に書かれたその様子から知識を得て書いているわけです。そのあたりにも当時の様子が現れています。
その中で以外と見落としがちなのが食文化です。
今でこそ日本の食生活は欧米化が進んでいるといわれていますが、やはり中国から取り入れた事柄がたくさんあります。
例えば、箸を使うこと、米や麺を食べること、茶を飲むことなどはすべて中国から取り入れたものです。
古事記や日本書紀の神話を読むと分かりますが、八岐大蛇を退治しにいった須佐之男命は川上から箸が流れてくるのを見て、上流に人が住んでいることが分かりました。(もっとも、当時の箸というのは、現在のように2本に分かれておらず、竹などをピンセット状にしたものでした)
ちなみにフランスでは、16世紀半ばにメディチ家のカトリーヌがアンリ4世の王妃としてイタリアから嫁ぎ、料理法を教えるまでには、宮廷でもフォークやスプーンも知らずに手づかみで食べていました。その名残がフィンガーボールです。
このように日本と中国の関わりはたいへん深いものなのですが、実際のところ、日本人は中国との関わりというものをあまり意識していません。
これは古代日本のときからそうであったといえないこともないのです。
といいますのは、日本人で中国に行ったことのある人間は本当に数限られていましたし、中国から来た人たちと交流をもてたのも、上流階級か僧侶に限られていました。
それ以外の貴族や役人というのは、漢籍という書物を通してしか中国像をとらえることができなかったのです。
紫式部が源氏物語の「末摘花」の章で、末摘花が醜い容貌をしていたということを表すために、「唐にいる象」を引き合いに出しています。
もちろん、当時は写真もなにもないわけですから、象がどのような外見なのか見て知ることはできないわけですが、書物に書かれたその様子から知識を得て書いているわけです。そのあたりにも当時の様子が現れています。
